公開日

2022/06/07

最終更新日

これからのエンジニア組織に問われるマネジメントとは?元DMM CTO/フルリモートエンジニア集団K.S.ロジャース アンバサダー城倉氏に聞く

今や、多くの人々の生活にとってITサービスは必要不可欠な存在となっており、それに伴って、ITエンジニアの需要も急激に高まってきている。その一方で、ITエンジニアという職種の歴史はまだまだ浅く、時代の変化と共に、彼らを取り巻く環境は猛スピードで変化し続けている。このような状況下で、ITエンジニアとしてキャリアアップを図りつつ、マネジメントスキルを獲得していくことは容易なことではない。今後、ビジネスの現場で活躍するITエンジニアに必要とされる人材要件はどのように変化していくのだろうか。本稿では、合同会社DMM.comの元CTOであり、フルリモートのエンジニア集団として注目を集めるK.S.ロジャース株式会社にてアンバサダーを務める城倉 和孝氏(上写真右)/CEOを務める民輪 一博氏(上写真左)に話を聞いた(以下、敬称略)。

城倉 和孝(じょうくら かずたか)

バイナリー合同会社 代表社員。 バンド活動に没頭した10代・20代を経て、未経験で独立系SIerに入社。企業システム受託開発やパッケージビジネスの立ち上げ、プロジェクトマネジャー、ジョイントベンチャーでの取締役CTOなどを経験し、2011年から株式会社DMM.comラボ(現合同会社DMM.com)へ入社。CTOとして7年間にわたり同社のエンジニア組織拡大と育成に従事する。

民輪 一博(たみわ かずひろ)

K.S.ロジャース株式会社 代表取締役CEO。京都大学在学中にスタートアップ事業に携わり、APIとAndroid開発を一人で全て行う。その後、大学院在学中に起業し、CTOとして参画。事業売却を経て、AI系スタートアップベンチャーの取締役就任。2017年12月K.S.ロジャース株式会社を設立。企業で働くエンジニア組織や働き方に課題を感じ、エンジニアのエンジニアのための企業にするべく、事業を立ち上げを決意。その他、複数の企業にてCTOコンサルや事業立ち上げ支援を行う。

K.S.ロジャース──エンジニア組織育成および開発のコンサル事業を展開

── 本日は宜しくお願い致します。城倉さんが参画されたK.S.ロジャースはどのような事業を展開しているのでしょうか?

城倉:K.S.ロジャースは、主にエンジニア組織に関するコンサルティングサービスを提供している会社です。自前のエンジニア組織を作ったことがない企業様に対して、技術的な支援に加えて、エンジニア組織の成長に向けたコンサルティングやマネジメント層の育成等に取り組んでいます。また社員全員がフルリモートで働いておりまして、就業時間は決められておらず、副業自由・雇用形態自由といったワークスタイルを実行しています。エンジニア組織の構築に関する深い知見を持っていることはもちろんですが、フルリモートでエンジニア組織を作っている点が非常に興味深いなと思いました。

── 民輪さんはなぜこのような会社を作ろうと思ったのですが?

民輪:大学生のころからエンジニアとして様々な企業で働いてきましたが、私自身、「会社に行く」ということにあまり重要性を見出していなかったんですよね。あとは、家業で銭湯を経営していた関係で、幼少期から夜型だったこともあり、朝が弱かった(笑)。また、就職してからも、作業中に別の用事で話しかけられたりするなど、集中が途切れる時間がかなりありました。事業を立ち上げるまでにCTOとして参画したり、いくつかの会社の立ち上げに関わってきた中で、「自分も起業したい」「起業するなら、自由な働き方で社員一人ひとりが最大のパフォーマンスを発揮できる会社にしたい」と思うようになり、この会社を作りました。

働き方の自由度を重視して事業展開している点が大きな魅力

── 有難う御座います。城倉さんがK.S.ロジャースに参画した背景について教えて頂けますか?

民輪:K.S.ロジャースには、エンジニア組織づくりを強化するために作成した独自の育成マニュアルがありますが、フルリモート組織を構築する上で、特に大きな課題となるのは、「評価」という点だと思います。フルリモートでの組織運営は、定性的な判断というよりかは、定量的な判断の方がマッチすることを経験的に感じていました。そのため、エンジニアに求められるスキルやその伸ばし方などを明確化するための「スキル」を可視化した育成マニュアルの作成が急務でした。今はまだ検証段階なのですが、このタイミングで、エンジニア組織づくりの経験と知見のある方に是非とも参画していただきたかった。DMM.comのCTOを経験されて、事業を拡大させてきた城倉さんはまさに「適任」だと考え、ラブコールを送らせていただきました。

── 城倉さんはどの点が魅力に感じ参画されたのでしょうか。

城倉:冒頭でも少しお話しさせていただきましたが、全員フルリモートでエンジニア組織を作っている点ですね。当然ながら、エンジニアリングにおいては、チームビルディングが非常に重要な要素となります。一つのサービスを一人ですべて開発できれば良いのですが、通常は、フロントエンドやサーバーサイド、インフラなど様々な技術が必要であるため、それぞれを専門とするエンジニアが集まってシステムを開発していきます。そのため、チームビルディングやコミュニケーションが非常に大事になってくるのです。特に、チームビルディングを図る上では、顔を合わせて様々な課題をみんなで解決する方法が最適です。リモートワークでは、顔を合わせて話すことが難しいので、チームビルディングを行う上では、様々な工夫が必要であると感じています。

── 難しいにもかかわらず、全員フルリモートワークという点に魅力を感じたということですか?

城倉:そうです。今後、働き方はますます多様化し、外国籍エンジニアの方々の受け入れも増えていくでしょうし、リモートワークも当たり前の勤務形態になってくると思っています。海外では、すでにこういった働き方を定着させている企業が増えていますが、日本では大規模にフルリモートワークでエンジニア組織を作っている企業はまだまだ少ないですし、簡単ではないと思っています。

ここで、少し時代背景の話をさせて頂くと、産業革命の時代を経て、高度経済成長の時代を終えた今、まさに「個」の時代に突入していると思っています。産業革命以前は、農民・商人の一人ひとりが自分自身の得意分野を活かし、農作物や畜産物などを生産して、自分が作ったものと相手が作ったものを取引していました。これがかつての「個」の時代です。そして、産業革命以後は、「集団」の時代がやってきます。非常にお金がかかる生産機器(設備投資)が必要になり、従業員として雇われ、そこでは、ルールに従って働くことが評価されてきた時代です。さらに、高度経済成長期の大量生産時代を経て、今はモノが溢れた時代になり、再び、「個」の時代になってきています。

昔、サービスやアプリは一部の限られた大きなベンダーにしか開発できませんでした。しかし、今や大学生でもアプリを作れてローンチできるようになりました。「誰でも生産できる時代」「個人でなんでもできる時代」になってきていますよね。

さらに「個」の時代の到来を加速させているのが、インターネットの登場だと思っています。その時代にあった働き方が必要になってきている中で、今後は、パソコン1台あればどこでも働ける、そんな時代になっていくと思います。昨今、エンジニア不足の問題が叫ばれていますが、K.S.ロジャースのような固定されたオフィスを持たないワークスタイルであれば、オフィスが存在するエリアだけでなく、日本中/世界中にエンジニアの生産力を求めることができる。これらの時代背景を踏まえると、リモートワーカーが集まった働き方は、今後のエンジニア組織のあり方の一つだと思いますので、今、それを実践しているK.S.ロジャースには非常に期待しています。

エンジニア組織が抱える課題──適切な「評価」の難しさ

── DMM.com在籍時はグループ全体で700人にまでスケールしたエンジニア組織のCTOを担当されていたと伺いましたが、その時はどのような課題に直面していたのでしょうか?

城倉:エンジニアの「評価」というのがとても難しかったですね。日本人というのは、職人の世界で言うところの「見て覚えろ」的な要素を少なからず重視すると思っていますが、エンジニアの世界においても、このような「職人色」というのが結構強くて、「何をもってこのスキルレベルとするか」を客観的に計測するのがなかなか難しい。結局、コードレビューを目上の人にしてもらって、どのくらいのスキルレベルなのかをチェックするという、いわゆる「職人の世界」になってしまいがちです。それはそれで良い面もあるのですが、エンジニアの評価というのは、どうしても定性的な評価というか、目上の人による属人的な評価に依存してしまうのですよね。要するに、評価者によって評価の軸が決まってしまうので、明確な指標が作ることが難しく、色々と歯がゆい思いをすることもありました。

── フルリモートで業務を行うK.S.ロジャースでは定性的な評価がしづらいので、なおさら難しいのではないですか?

民輪:おっしゃるとおりです。K.S.ロジャースはフルリモートの会社のため、評価制度やスキルを明確化していないと評価が非常にしにくい。なので、スキルの可視化は徹底的に行っています。城倉さんにも協力してもらいながら、評価制度を作成し、自社社員の育成や取引先企業のエンジニア育成にも活用していきたいと思っています。

城倉:どのエンジニア組織にとっても、スキルの可視化は難しいと思います。それをしっかりと分析し、作成していることに「新しさ」を感じますし、蓄積したノウハウをどんどん世の中に広めてほしいですね。

── その他、課題はありましたか。

城倉:エンジニアは技術の専門職ですが、「チームをまとめる」となると、マネジメントスキルが必要になるため、業務負荷が増えるという問題があります。日本はシステム開発をベンダーに頼る文化でしたが、競争力を技術に求める現代のビジネス社会においては、エンジニアを内部に確保して内製していく時代になりつつあります。内製化され始めたことで、エンジニアリングだけでなく、チームビルディング/社外との交渉/資料作成等を含む多岐にわたる業務が発生してきています。

さらに、企業側はプロダクトに愛を持つエンジニアを確保したいという気持ちが強いため、採用は難航するし、入社してからもプロダクトに愛を持てるようにマネジメントをしていかなければいけない。やることが膨大で、かつ、マネジメントをやれる人/やりたいという人が非常に少ない現状があると思っています。

これからのエンジニア組織に問われる「マネジメント」とは何か

── 有難う御座います。エンジニア組織を束ねていく上で、「マネジメント」がますます重要になっていくと思うのですが、実際には、どのようなことに気をつけていくべきでしょうか

城倉:ここ数年、「VPoE」というエンジニアリングのトップとなる役割が注目されています。VPoEは単なる管理職ではなく、チームビルディングを行い、エンジニアが最大のパフォーマンスを発揮できるようにする役割を求められます。エンジニアを内製していくと、日本人エンジニアの数には限りがあるため、海外のエンジニアやオフショアに頼ることになる。もしくは、東京以外の地域のエンジニアを連れてくるなど、世界中から人を集めながらチームビルディングをしていかないといけない。多様なワークスタイルにあわせたチームビルディングが求められる時代になってきているのです。まだ誰も経験していないこの課題に立ち向かい、解決策を見つけていくことが重要です。この新しいチームビルディングに立ち向かっていくことが、今後のエンジニアのマネジメントにおいては、極めて重要なポイントになっていくと思います。

── 民輪さんはどのようにお考えですか?

民輪:とてもよくわかります。私も同意見ですね。日本では、エンジニアのトップとしてはCTOが馴染み深い存在ですが、CTOはあくまで技術の最高責任者です。ただ、スタートアップのCTOとなると、城倉さんがおっしゃるように、業務が多岐にわたるため、実際はエンジニアリング以外のこともしなくてはいけない。

さらに、今はVPoEをこなせるCTOがまだまだ不足していて、人が増えるとトラブルが発生することが多々あります。ワークフローをどうやっていけば良いのかわからなくなってしまうこともありますし、エンジニアリング以外の業務を行わなければいけないというマインドセットの構築なども必要です。

CTOにすべてを任せるのではなく、役割分担を決めてマネジメントをしていくことがますます重要になってきますね。VPoEはまだまだ知られていない職種ですが、今後、エンジニアのマネジメントを行っていく中で、CTOだけでなく、VPoEの役割が非常に重要になると思いますし、多くの企業にとって必要不可欠な存在になっていくと思います。

今後の展望──スキルレベルを言語化した育成メソッドをサポート企業に提供

民輪:K.S.ロジャースでは、プロダクト開発の悩みだけでなく、人材育成・組織開発の観点でご相談を頂くことが多く、公的機関/上場企業/ベンチャー企業など様々な組織を技術面でサポートさせていただく機会が増えてきました。CTOやVPoEの育成だけではなく、事業を立ち上げた段階におけるプロトタイピングの進め方、プロダクト開発における適切な設計テンプレートの提供、PMFを実現していくために必要なプロダクトの改善サイクルフローの構築等、ビジネスを推し進めるために必要な開発と併せて、コンサルティングも行っています。

また、これらの経験を活かし、将来的にCTOやVPoEになることを見据えたキャリア形成を支援すべく、スキルレベルを言語化した育成メソッドを作成しています。まずは、社内で試験的に運用し、実用レベルに落とし込んだ後、このノウハウをサポート企業に提供していく予定です。

執筆者:古川晶子

1988年生まれ。老舗教育業界に入社し、新卒1年目で新規事業の立ち上げを経験。3年間の勤務後、人材系ベンチャー企業にて新規部署の立ち上げを行う。その後、大手生命保険会社にて営業を経験し、金融ベンチャー企業であるユニコーン企業に入社。現在は、金融ベンチャー企業にて、PR/マーケティング事業に従事する傍ら、複数の企業のPR事業立ち上げやPR/マーケティング支援を行っている。