公開日

2022/06/07

最終更新日

「仮想空間シフト」で働き方が大きく変わる。在宅ワークサミット〜コロナショックに打ち勝つために今すべきこと〜(主催:あしたのチーム)

2020年5月21日、株式会社あしたのチームの主催により、「在宅ワークサミット~コロナショックに打ち勝つために、今すべきこと~」と題するオンラインイベントが開催された。本稿では、イベント内で実施された山口周氏と高橋恭介氏の対談を講演レポートとしてお届けする(以下、敬称略)。

登壇者
山口周(やまぐち しゅう):独立研究者、著作家、パブリックスピーカー
モデレーター
高橋 恭介(たかはし きょうすけ):株式会社あしたのチーム 代表取締役社長

「仮想空間シフト」における社会の変化

高橋:早速ですが、山口さんが提唱されている「仮想空間シフト」について教えてください。

山口:今までのコミュニケーションの多くは、主に物理的移動を伴い、対面でのやり取りが中心的でした。しかし、インターネットの登場によって、オンライン上でのやり取りやテレワーク化などを含めた仮想空間内へとコミュニケーションの場が転換しつつあります。これを「仮想空間シフト」と呼び、仕事のあり方や人の暮らし方などに対して様々な変化を及ぼす概念であると考えています。

高橋:「仮想空間シフト」については、いつ頃から考えられていたのでしょうか?

山口:動き自体は、新型コロナウイルス感染拡大(以下、コロナ)以前から起こっていました。決定的だったのは、インターネットの普及だったと思います。鎌倉市にオフィスを構えるカマコンバレーの例が象徴的だと思いますが、東京からオフィスを移す企業の数は確実に増えています。特に、静岡県の三島・熱海から通勤する人が増加中で、三島駅周辺に住む人の多くが大手町のビジネスマンとも言われていますね。

コロナはある種の「社会実験」だと思っています。コロナ以前は、日本国内でリモートワークへの移行に関する提言はあれど、1割程度の企業しか実際に導入には至らなかった。しかし、コロナを受け、1,000人規模の会社の70~80%がリモート制を導入し、「もう元(の通勤を伴う出社)に戻りたくない」と回答した会社員が7割を占めるそうです。

高橋:となると、会社の拠点が都市にあることや通勤してオフィスで業務を行うことの意義がより一層問われるということですね。このような流れを踏まえると、今後、物理空間の価値はどのように変化していくのでしょうか?

山口:物理であることの価値が強く求められるようになると思います。例えば、丸の内のようなオフィス街にある飲食店は、ビジネスマンからの食事需要があることで、それらの店は存在価値を発揮しています。しかし、見方によっては、それらの店はあくまで休憩時間に食事を取る場所に過ぎません。つまり、彼らは物理的距離の制約でその店に訪れていただけであり、行きたいから行っていたわけではない。そうなると、オフィス街の存在意義も問われてきます。出社日数が自由になれば、定住を選ばない人も増加するかもしれません。

なので、「そこに行くからには」と思わせるような五感に訴えかけるような価値あるコンテンツを提供することが物理空間には求められるのではないでしょうか。仮想空間では、匂いや味はわかりませんからね。いずれにせよ、コロナ以前のバリューの維持は難しくなるでしょう。個人消費のトレンドも変化すると思います。

高橋:ちなみに、環境・社会問題の解決については、コロナによって変化する側面はあるのでしょうか?

山口:ちょうど先週のWall Street Journalでも取り上げられていましたが、今、カリフォルニアの大気汚染が20世紀初頭と同じレベルになってきているそうです。

高橋:たしか、インドのガンジス河も綺麗になっているとか。

山口:そうです。サンタモニカ丘陵のハリウッドサインの文字も、以前は霞んでいたのに、今では白くはっきりと見えるそうです。以前から、環境活動者は経済の抑制によって地球環境は良くなると訴えていましたが、なかなか実践することができなかった。しかし、コロナによって、それができるようになった。これはもう「後戻りできない」と私は考えています。 

After/Withコロナは地方創生のチャンス

高橋:話は戻りますが、先程、「都市にオフィスを置くことが必然ではなくなる」という話がありました。そうなると、東京一極集中の意味が薄れ、地方への人口流入や活性化につながっていくのでしょうか?

山口:今まで以上に地方の魅力度で選ばれるようになるので、魅力の乏しい地方はますます人気がなくなると思います。慶應義塾大学の武中先生がおっしゃるには、人口を都市から地方へ分散させることは政府の悲願だったそうで、今回のことで、その可能性が格段に高まり、達成に向けたラストチャンスと言うこともできるかも知れません。実際、感染拡大以前から若者によるIターンが進み、地方活性化の足がかりとして話題になっていました。今後、仮想空間シフトにより、住む場所の魅力の差が広がり、環境や住民の雰囲気など快適に暮らすことを念頭に、場所の選別が行われていくと考えています。

高橋:地方活性化に向けたチャンスではあるものの、必ずしもすべての地方に当てはまる訳ではないということですね。コロナ以前は、SDGsやESG経営などをはじめとして、利益追求だけではなく、社会貢献に関連する様々な達成目標を掲げる企業が増加傾向にありましたが、今後の会社のあり方はどのようなものになるとお考えでしょうか?

山口:書籍『サピエンス全史』でもあったように、本来、「会社とは虚構」であり、今までは物理的存在として、「この場所で、この人達と働く」という考え方がアタッチメントの理由になっていました。しかし、今後は、リモートワークやオンライン上でのやり取りの増加によって、物理的存在としての会社の存在意義は低下していきます。よって、より抽象度の高いミッションを持つことが会社の生き残りを左右するでしょう。現状、日本ではそのようなミッションを持つ会社は少ないと言わざるを得ません。「仮想空間シフト」により、仕事への充足感や意義を感じられなければ、今後、退職者も増えるかもしれません。

高橋:企業経営におけるミッションやバリューの存在価値が大きくなるということですね。それに関連して、仕事への充足感や意義の存在は生産性の向上につながっていくのでしょうか?また、仕事場選びや休日の日数など仕事におけるあらゆる選択権が個人に付与されていくことで、「ワークライフバランス」の考え方も変化していくのでしょうか?

山口:ワークライフバランスについては、物理的変動がある前提だったので、自宅での公私の切り替え方が今後の課題になると思います。いわば「ワークライフブレンド」というように、プライベートと仕事が混ざり合うような現象が起きるでしょう。

高橋:ワークライフブレンドとなると、仕事が楽しくないと継続が難しそうですね。

山口:そうですね、ミッションの実現に取り組んでいるという実感が生産性の向上に寄与する可能性があります、生産性が上がらないチームは生き残れない。今までのような「一億総中流」はもう難しいでしょう。

高橋:全体としては、生産性が向上することになるのでしょうか。

山口:そうなると思います。しかし、企業はその人が本当にやりたい仕事を提供しないと、生産性向上にはつながらないでしょう。モチベーションパーソナリティの見極めからタスクを振り分けることが重要です。

ダイバーシティは今後の人事評価に影響

高橋:今、仰ったことは、業務に対して正しい評価を行う上でも非常に重要ですね。これまでお話してきた「仮想空間シフト」によって、時間軸や空間軸が変化していくと思われますが、この点について、山口さんはどのようにお考えでしょうか。

山口:空間軸については、海外各地に従業員を配置することで、24時間365日働くことができるようになりますね。物理空間を駆使して、いかに企業としての競争力を高めていくかが問われることになります。そして、この達成には、国を跨いだ抜本的な制度づくりが必要です。働き方改革では、就労時間は1日8時間と規定されていますが、世界に拠点を持つ企業が生産性を向上させるには国レベルで制度を見直さなければなりません。

高橋:働き方改革のお話が出ましたが、この改革では「ダイバーシティ」が注目されています。ダイバーシティは、今後の人事評価に関係すると思われますか?

山口:そうですね、今までのような単線的なやり方ではなくなるでしょう。例えば、今では東京にオフィスがある場合、採用エリアが関東近郊等の一部のエリアに限定される場合が大半を占めています。しかし、今後は、採用エリアを広げれば広げるほど良い人材を採用できるようになります。

高橋:ダイバーシティを受け止めることがより良い採用、ひいては企業成長につながっていくということですね。ということは、日本にとって「仮想空間シフト」は有利に働くのでしょうか?

山口:ポジティブに受け止めて良いと思います。他国に比べて、転換へのレバレッジが高いので、より効果的に働くでしょう。

高橋:ありがとうございます。それでは、最後にメッセージをお願いします。

山口:まったく新しい働き方・キャリアのあり方を考えなければならない時代に私たちはやってきました。こういった状況で、経営者の方々は「自分の会社をどのような会社にしたいのか」ということを再定義することが求められています。しかし、気に病む必要はまったくなく、むしろ自由な発想でビジネスを創っていくことができると捉えて、これからの「混乱」を楽しむべきだと私は考えています。