公開日

2022/06/08

最終更新日

信託型ストックオプションとは何か|基本的な内容に加えて、メリットやデメリットを整理

スタートアップ企業が優秀な人材を採用するための戦略の一つとして、ストックオプションを付与するケースがある。実際、ストックオプションを付与することで、従業員のモチベーションの維持・向上を見込むことができる場合がある。その一方で、下記の通り、従来型のストックオプションにはいくつかの問題点があると指摘されている。

1. 発行時に付与する相手や比率を決める必要がある

2. 株価が上昇すると、行使価額が高くなり、キャピタルゲインが小さくなる

3. ステージが上がってから発行すると、希薄化の可能性が高まる

4. 無償ストックオプションの場合、税率が高く、適格要件も厳しい

5. 何度も発行すると、登記や実務に要する費用がかさみ、発行コストが高くなる

そんな中、最近では、上記の問題点を解決する「信託型ストックオプション」という仕組みが注目されてきている。今回は、信託型ストックオプションの基本的な内容に加えて、メリットやデメリット、さらには発行サービスを提供する企業を整理する。

信託型ストックオプションとは何か

信託型ストックオプションについて説明する前に、ストックオプションと信託について整理する。

[ストックオプションとは]
役員や従業員に報酬として付与される株式を取得できる権利のこと。ストックオプションを発行する場合、株式を取得する際に役員や従業員が支払うことになる権利行使価額、行使期間、行使条件をあらかじめ定めておく必要があるが、付与後、株価が上昇したタイミングでストックオプションの権利を行使すれば、権利行使価額と時価の差額分のリターンを取得することができる。

[信託とは]
財産の管理や運用を信頼できる人に任せることを指す。

信託型ストックオプションは、ストックオプションと信託を掛け合わせることによって生まれた業績連動型のインセンティブ制度の一種である。「新株予約権信託」もしくは「冷凍保存型ストックオプション」と呼ばれることもある。ストックオプションの発行サービスを提供するSOICO株式会社によれば、2020年9月時点において、上場・未上場合わせて200社以上の企業が信託型ストックオプションのスキームを導入しているという。信託型ストックオプションでは、制度の対象となる従業員等に対して企業への貢献等に応じてポイントが付与され、信託期間の満了時にポイント数に応じたストックオプションが付与されるという仕組みを採用している。発行した新株予約権を信託にて一時的に保管し、企業への貢献度合いに応じて付与するという点で、従来型のストックオプションとは異なる性質を持つ。

信託型ストックオプションのメリット

ここで、信託型ストックオプションのメリットについて整理する。

発行時に付与する相手や比率を決める必要がない

信託型ストックオプションの場合、ストックオプションをまとめて信託に割り当てるため、発行時に付与する相手や比率を決める必要がないというメリットがある。信託にストックオプションを保管している期間中、従業員には将来的にストックオプションと交換ができるポイントが付与され、信託が満了したタイミングで、このポイントを集計し、ポイントの比率に応じて信託に保管されていたストックオプションの付与相手・比率を決定する。このように、信託型ストックオプションを活用すれば、入社時に「決め打ち」でストックオプションを渡すことなく、実際の貢献度に基づき、ストックオプションを「後決め」で付与することが可能になる。

株価上昇前の低い行使価額を信託に“冷凍保存”することができる

ストックオプションを信託に預け入れた場合、信託は預け入れた財産を保全する側面を持つため、その条件を後に残すことができる。それゆえ、事業がまだ成長していないタイミングで信託にストックオプションを割り当てれば、その時の低い行使価額を信託に冷凍保存することができ、その後、株価が上昇した場合でも、低い行使価額のストックオプションを残しておくことができる。この特徴を踏まえ、信託型ストックオプションは“タイムカプセル ストックオプション”と呼ばれることもある。

希薄化を防ぐことができる

従来型のストックオプションであれば、株価が上昇してから優秀な人材を採用する場合、行使価額が上がってしまうため、キャピタルゲインが小さなストックオプションを数多く発行しなければならないというデメリットがあった。しかし、信託型ストックオプションの場合、信託に対してまとめて発行するという形を取るため、株価が上昇した後に入社した従業員でも、ストックオプションを受け取れば、発行時(=信託設立時)の行使価額で権利行使することができる。つまり、キャピタルゲインが大きなストックオプションを、株価上昇後に入社する従業員にも付与することができ、その結果、従来よりも少ない株の付与で優秀な人材を採用することができ、希薄化を防ぐことにもつながるというメリットを享受することができる。

有償ストックオプションと同じ税制

信託型ストックオプションの場合、信託に“冷凍保存”するストックオプションが「有償ストックオプション」であるため、税制は有償ストックオプションの課税関係が適用される。ちなみに、有償ストックオプションとは、従業員等がストックオプションの時価を会社に払い込んで引き受けるストックオプションのことを指す。従業員等が購入するという形式を取っているため、会計上、有価証券の売買とみなされる点が「無償ストックオプション」との大きな違いである。課税関係としては、付与時/行使時には課税されず、売却時に譲渡課税としてキャピタルゲインの約20%が課税される。税制適格要件への配慮は不要である。

一度の事務作業で済むため、発行コストを抑制できる

信託型ストックオプションの場合、初期の段階でまとめて発行して信託に割当て、その後、ポイントで運用していく。そのため、発行に際して必要となる作業等が一回限りで済むというメリットがある。発行費用については、仕組みが複雑なため、高額なアドバイザリーフィーが必要となる場合もあるが、従来型のストックオプションを何度も発行した場合と比較すると、発行コストを大幅に抑制することができる。

信託型ストックオプションのデメリット

一方、信託型ストックオプションには下記のデメリットがあるとされている。

取得原資を経営者or株主が負担

信託型ストックオプションを発行する場合、経営者もしくは株主が信託の委託者になる必要があり、「発行会社のストックオプションの発行価額 × ストックオプションの個数 + 法人税等」と同額以上の金銭を信託しなければならない。これは基本的には委託者のポケットマネーからの拠出となる。上記の額が委託者の支払可能額を超えてしまうと、信託型ストックオプションの発行は難しくなる。

法律・税務の専門家による助言が必要

信託型ストックオプションの導入には法律・税務上の要件を満たす必要がある。それゆえ、外部専門家からの助言が必要不可欠とされているが、信託型ストックオプションの発行に向けたアドバイザリー業務を行うことができる会社は少なく、アドバイザリーフィーは比較的高い水準となっている。

時価の把握に専門家の助言が必要

アドバイザリーフィーに加えて、発行企業の株価算定やストックオプションの公正価値の算定を行うには、第三者的な評価機関に依頼する必要がある。また、アドバイザリーフィーは基本的には一括前払いであるため、資金が不足しがちなスタートアップ企業の場合、導入に向けた障壁の一つとなる可能性がある。

公平性を担保できない場合、従業員間で不満が生じる可能性

信託型ストックオプションは従業員等の貢献度に応じて付与比率が決定される点に特徴がある。それゆえ、貢献度を公平に担保する人事評価制度が構築できていない場合、従業員間で不満が生じる可能性がある。

信託型ストックオプションの導入事例

信託型ストックオプションの導入事例については、下記の記事を参照のこと。

参考:信託型ストックオプションの歴史と導入事例一覧

信託型ストックオプションの発行サービス事例

ここで、国内で信託型ストックオプションの発行サービスを提供する企業をいくつかご紹介する。

SOICO

「Equity Tech(エクイティ・テック)のチカラで企業をさらに強くする」をビジョンとして掲げるSOICO株式会社では、「タイムカプセルストックオプション」という名称で、信託型ストックオプションの発行サービスを提供している。

公式サイト:https://www.soico.jp/

プルータス・コンサルティング

 

企業価値算定におけるエキスパートとして知られる株式会社プルータス・コンサルティングは、日本初の導入事例として知られる株式会社ヘリオスの案件を手掛けたことで知られている。

公式サイト:https://www.plutuscon.jp/

トップコート国際法律事務所

スタートアップ専門の法律事務所として知られるトップコート国際法律事務所は、日本初のサブスクリプション型法律事務所であり、信託型ストックオプションの発行サービスを提供していることでも知られている。

公式サイト:https://topcourt-law.com/

最後に

今回は、信託型ストックオプションについての基本的な内容を整理した。信託型ストックオプションは、従来型の無償/有償ストックオプションと比較して、経営者・株主・従業員等にとって数多くのメリットがあるスキームである。しかし、既に述べたように、いくつかのデメリットも存在するため、適切な活用に向けては、本記事内で紹介した専門家集団の助言が必要不可欠と思われる。ご興味がある方は、一度、問い合わせをしてみると良いだろう。